蔵の街とちぎ 大毘盧遮那殿 満福寺(満福密寺)

  • 満福寺 境内
  • 満福寺 護摩法要
  • 満福寺 本堂
  • ありがたや 如来大悲の恩徳を 祈る心に 福 満つる寺
  • 満福寺 大師堂
  • 満福寺 大師堂内陣

満福密寺満福寺(通称))について

満福密寺(満福寺)は栃木県栃木市にある真言宗のお寺です。
真言宗(=密教)の故に密の字を入れて満福密寺と称します。
弘長2年の開創、750年の歴史を刻み、ご本尊は大日如来です。
清貧孤高の画家 田中一村や、明治期の自由民権家 杉浦吉副の墓所があります。

当山の御朱印

満福寺 御朱印当山では御朱印をお授けしております。ご希望の方は、「満福寺の御朱印について」をご確認の上ご来山ください。

御朱印の受付時間、御朱印をいただく際の留意事項についてご案内しています。

 私がかねて「脳死移植」に反対しているのは、いくつもの生命倫理の理由からなのですが、その大きな一つは、「脳死移植」の源流を探っていくと人種差別のおぞましい闇の歴史に突き当たるからです。
その闇とは、移植医療先進国といわれるドイツの医学にかつて暗い影を落としていた優生学や人体実験であり、その優生学の信奉者ヒットラーが行ったあのユダヤ人迫害とホロコースト(大量虐殺)であり、ドイツに並ぶ移植医療先進国のアメリカでも優生学的な政策で長いこと黒人に対する人種差別を行ってきた、ということです。
 ヒットラー時代のナチスドイツの強制収容所で、回復の見込みのない収容者(ユダヤ人)の人体実験が行われていたことは、ニュールンベルグ裁判でも明らかにされていますが、生きる見込みのない人の身体を、まだ生きているにもかかわらず、ある意図のもとで人為的強制的に切り刻むことは、この強制収容所の人体実験に由来すると言っても過言ではありません。身体の自由を奪われ、意思の表明もできないまったくの弱者を、無慈悲に死刑台に送るこのような医療行為の闇が、移植外科医には自覚されないまま、今日の「脳死移植」に影を落としていないか。よくよく考えてみる必要があります。
 世界で最初の心臓移植手術を行った南アフリカの心臓外科医クリスチャン・バーナードは、アメリカのミネソタ大学で心臓移植を修得し、交通事故で脳死状態になった黒人女性の心臓を白人男性に移植したあと、「この移植には、人にいちばん近い形をしたもの(黒人)を使った」とうそぶきました。世界初の心臓移植は、黒人の人権を認めなかった人種差別国南アフリカで行われたのです。ドクター・バーナードは、黒人女性のドナーを人間ではなくモノと見ていました。白人男性を生かすために黒人女性が犠牲になる、命の選別が行われたのです。
 ヒットラーによるユダヤ人迫害とホロコースト、そしてアメリカの根強い黒人差別、これが世界の人種差別の代表的な例ですが、それをひとくくりに言うと、白人による有色人種の差別・支配。もっと言うと、アーリア系(ドイツ、ヒットラー)とアングロサクソン系(イギリス・アメリカなど)が優生・至上で、黒人・ヒスパニック系・アジア系・アラブ系などの有色人種を劣生・下位とし、差別・支配し、迫害し、時に虐殺するのです。
 人種差別の源流は優生学にあります。
 十九世紀に登場したチャールズ・ダーウィン(イギリス)の進化論(『種の起源』)、その従兄のフランシス・ゴルトン(イギリス)の優生学(『遺伝的天才』)、アルテュール・ド・ゴビノー(フランスの作家、貴族主義者、『人種不平等論』)のアーリア人優生論・白人至上主義、作曲家ワーグナーの、ドイツ人が最も純粋なアーリアン論、ワーグナーの娘婿であるスチュアート・チェンバレン(イギリス(のちにドイツに帰化した)、評論家、人種主義者、『十九世紀の基礎』)のアーリア人至上主義、さらにインドの古典語サンスクリット(アーリアンの言語)をインド・ゲルマにアン語族としたサンスクリット学者のマックス・ミュラー(オックスフォード大学に留学した仏教学者南條文雄が師事したインド学者・仏教学者)の言語論、それに大きな影響を受けた神智学のヘレナ・P・ブラヴァツキー(鈴木大拙とも交流、影響を与えた)の宇宙的進化論が、「金髪、高貴、勇敢、勤勉、誠実、健康、強靭」というアーリア人優生種像を形成し、ヒットラーのドイツ民族(アーリア人)優生信奉に拍車をかけました。
 ヒットラーに憎悪されホロコーストの犠牲になったユダヤ人はそもそも、民族離散(ディアスポラ)によってドイツ語圏に定住した人たち(アシュケナジム)で、同化ユダヤ人、ドイツ系ユダヤ人、ユダヤ系ドイツ人、ドイツ語を話すユダヤ人です。宗教はユダヤ教、キリスト教に改宗した人もいました。メンデルスゾーン・ハイネ・マルクス・フロイト・カフカ・アインシュタインらがそうです。先ほどのゴビノーは、このユダヤ人をアラブ人とともにセム人種と言い、白人のなかで他人種との混血度が高い二級種族と言いました。
 第一次世界大戦で、第十六バイエルン予備歩兵連隊の義勇兵として従軍したヒトラーは、敵のマスタードガスで目を負傷し、収容された野戦病院でドイツ(ほかの中央同盟国)の敗北と、クルト・アイスナーらユダヤ人社会・共産主義者による「ドイツ革命」(十一月革命)によってドイツ帝国が崩壊し、皇帝ウィルヘルム二世が廃位され、議会民主制のワイマール共和国になったことを知らされました。歩兵連隊の根拠地ミュンヘンもアイスナーによって「バイエルン共和国」になり、帰還すべき軍令部はユダヤ人社会・共産主義者の手に落ちていました。
 ヒットラーは、「皇帝はマルキシズムの指導者たちに融和の手をさしのべた最初の皇帝だったが、無頼漢ども(アイスナーらユダヤ人社会・共産主義者)は一方では皇帝の手をにぎり、他方では短剣をまさぐっていた」「ユダヤ人とは契約などなく、厳しい二者択一があるだけだ」と怒り、その場で「政治家になる」と宣言したと言います。これがヒットラーのユダヤ人憎悪、ドイツ民族の浄化=優生化、という人種差別意識に火をつけたのだと思います。
 アメリカには「WASP」という略語があります。すなわち「ホワイト(白人)」「アングロサクソン」「プロテスタント」の頭文字で、アメリカに最初の頃入植した人たちの子孫のことであり、その後の移民はこれに同化することでアメリカ人になれました。つまり「ホワイト(白人)」「アングロサクソン」「プロテスタント」はアメリカの支配層を意味します。ただ、今では被支配層の少数派から侮蔑的に使われることがあります。
 アメリカでは、まだイギリスによるヴァージニア植民地時代、メイフラワー号で清教徒たちが渡ってくる一年前の一六一九年に、オランダの奴隷商人がヴァージニア植民地のジェームズタウンに、アフリカから黒人奴隷を連れてきたのが黒人奴隷の最初でした。
 十六世紀以降、黒人奴隷貿易が、スペイン・ポルトガル・イギリス・フランス・オランダの国策事業として行われ、アフリカ各地から買われてきた多くの黒人が奴隷船に乗せられ、南北アメリカ大陸や西インド諸島に送り込まれました。黒人奴隷には人権などなく、奴隷商人によって売買される商品(モノ)でした。未開文明の土地・風土に生れ、貧しく、教育も受けず、文字も読めない黒人は、最初から白人と比べれば劣生であり、そのまま人種差別の対象でした。鉱山や綿花・タバコ・小麦などのプランテーション(大規模農場)で、当然のように牛馬の如く過酷に働かされました。
 しかし十八世紀の末にはフランスで植民地奴隷制が廃止され、十九世紀になると、イギリスで奴隷貿易が禁止になり、やがて廃止されました。アメリカでも南北戦争を経て、一八六三年にリンカーン大統領が奴隷解放宣言を出しました。スペイン領の中南米諸国も、独立と同時に奴隷制が廃止されました。
 とは言え、どこの国でも、黒人の社会的・経済的な地位は低く、貧困層と貧民街を形成しているのはどこの国でも黒人で、さらに皮膚感覚での差別意識は実質的になくならず、アメリカはずっと黒人差別問題をかかえて二十世紀も後半に入りました。
 一九五〇年代から一九六〇年代にかけて、「リトルロック高校事件」、「モンゴメリー・バス・ボイコット」、人種差別のレストランなどでのボイコットや、白人席での「シィット・イン」、「ワシントン大行進」、マーチン・ルーサー・キング牧師のワシントン記念塔広場での演説があるなか、さまざまな事件やトラブルが何回もありましたが、一九六四年「公民権法」の成立に至り、職場・公共施設・連邦関係機関・選挙権・教育、での平等が確保されました。
 あれから五十余年、先月二十五日、アメリカ、ミネソタ州ミネアポリスの路上で、黒人男性ジョージ・フロイドさんがニセ札使用の容疑で警官に逮捕された際、後ろ手に手錠をかけられたまま地面にうつぶせにさせられ、首の部分を「8分46秒」警官のひざで押さえつけられ、「息ができない」と何度も訴え「あーーー」と悶絶をくり返し、通行人も警官に止めるように叫びましたが、警官は止めず、それを近くで黙認している警官もいて、フロイドさんはまもなく息絶えました。白昼、衆人環視のなか、公然の、殺人です。
 十七才の女の子がこの一部始終を撮影しSNSに投稿すると、たちまちその生々しい映像が全米各地、世界中に拡散。早速、全米で、ニューヨークでもワシントンでも街頭デモが行われ、さらにヨーロッパ各地で、きのうなどは日本でも大規模な「人種差別反対」のデモがありました。都市によっては、過去に黒人奴隷や人種差別に加担した著名人・偉人の銅像までが引き倒されることも起きています。
 テレビでは連日、デモや暴動の鎮圧のために、町の治安維持のために、州兵を出さない州には国軍を出すと口走ったトランプ大統領の是非を問うたり、アメリカの黒人差別の過去をふり返ったり、人種差別の非人道性を論じたりしていますが、こういう時、白人は悪、黒人は善という、加害者=悪、被害者=善の議論は、当然にして簡単ですが、アメリカにおける黒人差別の問題はとてもとても根深く、私たち日本人が単純なヒューマニズムでわかったようなことを言うのは控えた方がいいのではないかと思います。日本人の議論でアメリカの黒人差別の問題がわかるようなら、黒人初の大統領オバマの時代にアメリカの黒人差別はなくなっています。敢えて言えば、あのケネディ大統領(公民権法の下地をつくった)も暗殺されずに済んだかもしれません。
 黒人に対する偏見・憎悪・差別意識を白人が克服すること、白人に対する憎悪・怨念を黒人が克服すること。これは人間の理性の問題ですが、また理性が届かない心の奥の感情の問題でもあります。理屈ではありません。ヨーロッパをゆるがしている移民の問題も根っこは同じ。韓国の反日有理も似た問題です。イスラエルとパレスチナも一朝一夕の問題ではありません。何度和平合意をしても、許せない感情はエンドレスです。


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