蔵の街とちぎ 大毘盧遮那殿 満福寺(満福密寺)

  • 満福寺 境内
  • 満福寺 護摩法要
  • 満福寺 本堂
  • ありがたや 如来大悲の恩徳を 祈る心に 福 満つる寺
  • 満福寺 大師堂
  • 満福寺 大師堂内陣

満福密寺満福寺(通称))について

満福密寺(満福寺)は栃木県栃木市にある真言宗のお寺です。
真言宗(=密教)の故に密の字を入れて満福密寺と称します。
弘長2年の開創、750年の歴史を刻み、ご本尊は大日如来です。
清貧孤高の画家 田中一村や、明治期の自由民権家 杉浦吉副の墓所があります。

当山の御朱印

満福寺 御朱印当山では御朱印をお授けしております。ご希望の方は、「満福寺の御朱印について」をご確認の上ご来山ください。

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皇室典範改正の怪
このブログは、今年八十三になる高齢住職が、戦後まもなくから、少し時代おくれに、少し頑固に、保守的な(右系とはちがう)考え方で、生きてきた末のつぶやきです。今回も敢えてタブーの如き(誰も思っても言わない)問題に苦言を呈しますが、さまざまな人生経験から出てくる問題提起だと思ってお許しください。
去る七月十七日、参議院本会議において、皇室典範の改正法案(皇室典範等の一部を改正する法律案)が可決され成立しました。昭和二十二年(一九四七)に現行の皇室典範が制定されて以来、実質的にはじめての改正だそうです。何が改正されたのか。①女性皇族が結婚後も皇族としての身分を保てること。②旧宮家の男系男子を養子として皇族に迎えられること、が新たに加えられました。
男性皇族が少ない皇室の現状に鑑みての対応ですが、実は①②のような表向きの問題のウラで、秘かに、巧妙に、国民にとっては重要なある決定が行われました。敢えてありていに言いますが、実質的に皇女愛子様の天皇への道をふさぎ、秋篠宮家の皇子悠仁様を天皇にすることが、国会会期末のどさくさにまぎれ、なぜ今なのかも不明のまま、決議されてしまったということです。これは、今回の改正事項をまとめた衆参両院の議長副議長が言う「立法府の総意」には盛り込まれていなかったことで、国会の会期末のどさくさに乗じ、内閣が、帰するところ高市総理が改正法案に「男系男子」を明言する方法で強行されたのです。これで国民の多くが支持する愛子天皇は実質的に実現しなくなりました。
この愚挙、依って立つところは右系政治家や右系識者が頑なにこだわる「男系男子」という皇室の長い伝統です。しかしです。今の日本で「男系男子」はないでしょう。「男系男子」などという理屈が通るのは皇統の問題だけで、明らかに民主主義社会に矛盾し時代の逆行です。そもそも小泉内閣の時に女性天皇(=愛子天皇)容認の流れができてたわけですし、「男女同権」「男女平等」の民主主義国家において、また天皇陛下が常々「国民とともにある皇室」「国民に寄り添う皇室」と言っておられる時代に、さらには憲法第一条に「天皇は、・・・・その地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」とあるのに、いまだに天皇を「男系男子」で決めるということは、この国の天皇選びは民主主義国家の社会規範や憲法の規定や国民世論とは関係なく、「男女同権」「男女平等」はこと皇統問題に関して適用外ということなのでしょうか。
今の時代、「男系男子」を肯定し主張する右系の人たちは、明らかに女性差別であり、女性の社会参加や男女均等雇用に矛盾し、「男女同権」「男女平等」を定めた憲法にも違反し、女性天皇(=愛子天皇)容認の国民世論を無視しています。高市総理はこの「男系男子」を楯にし、今や国民の総意とも言うべき愛子天皇要望論を封殺しました。こういうことが権力の手で自由にでき、国民は何も知らされず、何もできないのだとすれば、この国の天皇選びは国民の手で国民投票で行うべきです。
奇怪なことに、小泉内閣の時に行われた女性天皇(=愛子天皇)に道を開く方向での皇室典範改正の議論はどこへ行ってしまったのでしょう。今回の改正過程では無視されたのかまったく国民の耳目に届きませんでした。「次の天皇は誰か」の重要な政治テーマとそれに関する皇室会議や国会の議論に継続性はないのでしょうか。今回皇室典範改正の政府案にまぎれ込んだ愛子天皇否定・悠仁天皇実現という政治的意志は、皇室会議も経ず、どこでどう論議され承認されたものか、奇奇怪怪、現内閣と国会はまるで国民世論とはウラハラの伏魔殿のようです。
奇奇怪怪と言えばもう一つのタブーですが、小泉内閣の時、皇室会議を経て女性天皇(=愛子天皇)に道を開く皇室典範の改正が目の前に迫っていた時期、何故か秋篠宮妃殿下紀子様のご懐妊でした。国会の委員会審議中、紀子様ご懐妊の緊急メモに目をやった小泉総理の驚きをかみ殺した表情が、テレビで何度も放映されました。
紀子様はすでにお二人の内親王をもうけられ、四十才になろうというご年齢でした。あの頃の社会通念では出産適齢期を過ぎていましたから、「何で今?」でした。しかも女性天皇(=愛子天皇)に道を開こうとする皇室典範の改正が国会で審議され可決が目前のタイミングです。通常、皇族はそういう国の動きにも気を配りながら身を処すのに、何でまたあんな時によりによってご懐妊だったのか、奇奇怪怪でした。その上男子ご誕生です。これもお子さんはお二人とも女子だったこともあって、巷では男子誕生が確実な特別な医学的治療まで受けたとか、愛子様だけの皇太子様ご夫妻(今の天皇皇后両陛下)に対する秋篠宮様ご夫妻のアテツケか、といったヒソヒソ話が飛び交いました。真子様の不祥事を通じて、秋篠宮様ご夫妻にはどこか皇室の伝統や道理にこだわらず我が道を行くところがあり、真子様はその生き方をマネしたため、親としては止めることができなかった、と私は痛感しました。悠仁様のご出産も我が道を行くだったのかも知れません。しかし皇室の伝統としては、兄殿下のお立場に配慮をしない自分勝手で、兄ご夫妻とくに雅子様に対して極めて失礼なアテツケでした。
こういうことは思ってはいてもやたら口に出すことではなく、タブーだと国民は口にチャックをしましたが、あれから二十年、紀子様も還暦になられたとか。それにしても、秋篠宮家で育てられている悠仁様の、将来の天皇としてのご養育はだいじょうぶなのでしょうか。最近の愛子様と悠仁様を見ていると歴然とした育ちの差が感じられます。飛ぶ鳥あとをにごすようにして皇室を出ていかれた真子様の不祥事もあります。家庭内はだいじょうぶなのでしょうか。秋篠宮様と紀子様に将来の天皇を育てる帝王教育の能力はあるのでしょうか。紀子様と宮家職員とのトラブルなど好ましからざる情報ももれ伝わってきます。真子様さえ皇族として育てられなかった秋篠宮ご夫妻に、失礼ながら日本の将来の天皇を育てる能力があるのでしょうか。わが娘にさえ皇室を出ていかれたご夫妻に、民間から息子のお嫁さんを迎える資格があるのでしょうか。
想像したくはありませんが、仮に悠仁様が健康・健全な青年皇嗣になられたとして、はたしてこの時代悠仁様と結婚してくれる民間女性が現われるでしょうか。おすこやかだった上皇后様も皇后様もお立場の重圧に勝てず体調を何度も崩されました。あの世代のお二人でさえそうなのですから、これからの世代の若い女性でお立場の重圧に耐えられる人が現われるものでしょうか。事ほど左様に難問題です。私は、そもそも悠仁様は結婚ができるのか、できたとして男子ご誕生が実現するのか、心配が尽きません。
それにしても愛子様がもったいない、これが偽らざる国民感情です。高市総理は今や国民の総意に等しい高支持率の愛子天皇要望論に背を向け、女性差別以外の何物でもない、憲法違反で時代おくれの「男系男子」にしがみつきました。それまでして自分の政権維持強化のために右系の自民党支持者のご機嫌とりにやっきです。これ、私利私欲の極み、軽挙妄動の愚。政治が私物化され、悪質で姑息になりました。


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