蔵の街とちぎ 大毘盧遮那殿 満福寺(満福密寺)

閑話休題

改めて、統一教会問題の本質

令和4年11月01日
去る10月25日、衆議院本会議場において、野田佳彦元総理による安倍元総理への追悼演説が行われました。憲政史上まれにみる名演説で、久しぶりに政治家の政治家らしい空疎でない説得力のある言葉を聴きました。国民大多数の心を打ったようです。
野田元総理は、旧民主党が政権から転がり落ちた時の党首として、責任をとってその後はずっと日陰の不遇に甘んじていますが、このままにしておくには惜しい政治家です。野田さんのような、気概と胆力をもった自民党とはちがう大人の政治家がこの国を引っ張り、北欧のような高度な社会民主国になることも日本の選択肢ですが、今の立憲民主党では野田さんを支えられないでしょう。
時に、たびたびですが統一教会問題です。国会の議論は、大臣や自民党の国会議員・地方議員が統一教会とかかわりをもち、選挙の際統一教会とある種の政策協定を結んで選挙応援を受ける、さらにはそのことを通じて統一教会が自民党の政策に関与する、結果統一教会の政界への浸潤あるいは政界工作に手を貸す、あるいはまた高額寄付や霊感商法の被害者、あるいは信者二世が経験した過酷な家庭崩壊を救済する法整備、そういうことに政治の関心が傾いているようですが、それも当面非常に大事ですが、事の本質はそうした反社会的問題も含め、統一教会はれっきとした反日団体だということ、朝鮮半島を一時期植民地化し朝鮮人の心を踏みにじった罪滅ぼしに、日本人は多額のお金を教会に貢いで償いをしなければならない、という教団の勝手で独善的な歴史観や国家観で、その反日団体に自民党の国会議員が選挙という一番つけこまれる場で安易にかかわりを持ち、教会や関連団体の実態・本性も調べず、あるいは安倍元総理に忖度して、気を許したのがまちがいのはじまりです。
然るに、岸田総理は統一教会の宗教法人認可の取り消し、すなわち宗教法人の解散を決断しているようですが、それは当然として、問題は宗教団体の仮面をかぶった反日カルト集団は、オウムの信者組織のように依然残ります。公安庁の監視下に置くことが当然必要になるでしょう。よく「信教の自由」という問題が云々されますが、統一教会は宗教ではありません。反日活動を目的としたカルト組織です。野党の皆さんは大臣の首を取ったり自民党にさらなる調査を求めたり、この問題を政局にして政府・自民党を揺さぶり、その支持率を下げるのに熱心ですが、事の本質に迫るのはいつの日になるのでしょう。