蔵の街とちぎ 大毘盧遮那殿 満福寺(満福密寺)

閑話休題

子や孫に残す負の遺産

令和5年04月01日
岸田総理は、自民党総裁選の折、国民の声を記したらしい小型のノートを手に、「(私は国民の声を)聴く耳をもっている」とめずらしく自慢げに自己主張してみせました。また総理になってからは、「国民にていねいな説明が重要」を口ぐせにし、閣僚はじめ政府部内から問題が起きると、決まって「ご本人が(国民にわかるように)ていねいに説明責任をはたすべき」とくり返し、言葉や表情はいかにもソフトで紳士的で、国民の声に耳を傾け、言葉を尽くして説明をする、国民に対して誠実そうですが、しかしその本性は以外と頑固で、聞く耳をもたず、独断的で、ていねいな説明もなく、慎重な議論を必要とする重要な案件や政策も安直に政府方針としてしまうことが、ここにきて顕わになってきました。
例を挙げれば、一つは防衛費の倍増であり、さらに原子力発電の縮小・廃止どころか推進・増強です。防衛費の倍増も原発推進もウクライナ紛争が大きな背景で、ウクライナが武器弾薬の不足に悩むのを目の当たりにして、台湾有事に備えるための防衛費倍増と、ロシアの天然ガスがこの先不透明な事態を受けてエネルギー不足に備えるための原発回帰です。これまでの防衛費では武器弾薬の不足に悩む自衛隊と、さらに発電エネルギーの確保の問題解決のために、またとないチャンス到来とばかりに、専門家の議論も国民への説明もなく政策決定をしました。両方とも国民の生命・財産を守る点できわめて優先順位の高い国家的な政策ですが、防衛費も原発推進もいつ議論され、いつ国民に説明されたのでしょう。岸田総理は国民に対して誠実そうなイメージを外面に出しながら、実はこうした火事場ドロボウ的で粗野な政治判断をする人だと言わざるをえません。「決断しない人」というイメージを払しょくしたいのでしょうが、それはまちがいです。
とくに原発推進は、東日本大震災以後、国民的コンセンサスになっていた原発縮小・廃止、そして代替エネルギー・クリーンエネルギー・脱炭素の促進にまったく逆行するもので、即刻撤回すべきです。そもそも核のゴミと言われる核燃料の最終処分場も貯蔵施設もない日本で、今の日本を担う政治家が、専門家や国民の声も聴かず、国民の生命・財産に直結する重要政策を簡単に転換していいわけがありません。初代の原子力規制委員会委員長をつとめ、当時相当苦労をした田中俊一さんは怒っていますし、フクシマの原発近くの町に十数年ぶりに戻ってきた人たちも「フクシマの原発事故は終わったことにしたいのか」「ふるさとも町も生業もなくなり、親しい知人も友だちも親戚もちりぢりになった、私たちの生きる苦しみがわかっていないのか」「今の人の勝手で、子や孫に負の遺産を残してはならない」と憤慨しています。
時に、「子や孫に負の遺産を残してはならない」という意味で、この国の借金財政は一体どうなっているのでしょう。アベノミクスは、野党勢力が言うように、国民の実質賃金・可処分所得が増えなかったどころか目減りしていたという意味で、経済政策としてはまちがっていたと言うほかありません。二〇二五年度中に基礎的財政収支(プライマリーバランス)を黒字にする政府の方針を信用する国民がどれだけいるでしょうか。この大きな借金のおかげで年金だ医療だ介護だといって幾分かいい思いができた世代がある分、子や孫の世代がこの大きな借金を背負うのです。若いご夫婦が欲しくても子供を一人増やすのをためらう理由の一つが、ここにもあります。
大きな借金までして仮そめの「いい思い」をした結果の負の遺産という意味では、「核家族」という負の遺産もあります。その核家族、戦後のベビーブームの時代に生れ、社会に出ると高度経済成長はなやかなりし頃、いわゆる団塊の世代からはじまっていました。思春期・青年期からいやおうなく戦後民主主義の自由な個人主義に染まり、旧来の男女交際の貞操観念を打破して自由恋愛・ラブホテル・婚前交渉・できちゃった結婚を公然化し、伝統的な三世代家族制を拒否して実家の親から離れ、大都市やその周辺で夢の核家族を実現するため、三十年の住宅ローンを組んでマイホームを手に入れ、毎月の給料や夏・冬のボーナスで足りなければ女房のパート代で返済金を補い、子供は多くもたず一人か二人にし、その子供を学習塾に通わせ、必要なら学資ローンも使って大学に入れ、さらに借金を重ねてマイカーを買い、休日や連休には車で郊外のファミリーレストランやドライブや家族旅行に出かけ、お盆やお正月には海外旅行をエンジョイし、祖父母の世話も父母への気づかいも要らない自分たちだけの生活エンジョイこそ戦後日本らしい豊かなライフスタイルだと錯覚し、「借金も財産のうち」「消費は美徳」などと言ったものでした。
子供を一人か二人にし、ファミリーカーであちこちに出かけられる生活をエンジョイした核家族の団塊の世代、そもそもベビーブームだった自分たち世代の子供が少なければ、日本の人口はやがて逆ピラミッドになり、自分たちの老後を支えてくれる次世代の負担が大きくなるなんてことは考えもしませんし、お金をコツコツ貯めるよりもドンドン使うバブルの時代でした。
そうこうしているうちに時がきて、子供は親から離れて別暮らしをはじめ、定年退職の時期となり、住宅ローンの返済が終った時は夢のマイホームが老朽化して時代おくれの住宅となり、夫婦お互いにこれといった会話もない二人だけの老後。思えば、マイホームや学資やマイカーのローン返済のために働いたような人生、時代の風潮や経済観念にどっぷり染まって消費という浪費を重ねた人生。気がつけば、バブルがはじけて日本経済低迷の時代。借金と浪費の人生に老後の貯えなく、収入と言えば年金のみ。電気代・燃料代・食料品・生活用品の値上りをくどきつつ、月に一度の病院通い。そのはてに夫婦のどちらかが要介護。年金のほとんどが介護施設の支払いにまわり、親の葬儀費用もままならず、つい高齢者でも入れる(葬儀費用が残せる)死亡保険にも目がいく、そんなお一人様同様の超核家族の日々。
終身雇用・定昇・ベースアップ・高額のボーナス・残業手当等々、戦後いちばん経済的にめぐまれ豊かだった団塊の世代にとって自分らしい自己実現だった核家族の結末は、年金だのみの耐乏老後でした。その耐乏老後(年金・医療・介護)は誰が支えているのか。国の巨額の借金、子や孫に押し付けられる負の遺産です。
核家族は団塊の世代が子や孫に残した負の遺産であり、まちがいでした。この子供の少ない家族の在り方が少子化社会の元凶であり、最近の日本の衰退の大きな要因です。